6.21/1998 10.伊丹十三のprojection 昨年末に伊丹十三氏が自殺した。「ヨーロッパ退屈日記」を初めとし「女たちよ! 男たちよ! 子供たちよ!」などへ至る優れたエッセイの数々、「自分たちよ」や岸田秀氏との共著などの精神分析に関する作品など、彼の文章にはいつも「粋を好み、論理の欠如を嫌う」という性格・生き方が濃く表れていた。
遺書にある「(写真週刊誌に不倫現場とおぼしきものを撮られて)身の潔白を証すために死ぬ」といった内容の言葉ほど、彼に似合わないものはない。
「映画監督伊丹十三」がスクリーンに映写(projection)したものから、晩年(なんてことだ)の彼の心情を窺うしかないのだけど、数学ではprojection=射影からどんな情報が得られるのか、一例を挙げてみることにする(ちょっと強引)。
*************************** 伊丹十三氏は彼岸へ渡ってしまったのだけど、私たちは三角形Aをx軸の反対側へ移動させよう。原点Oを中心としてπラジアン(=180度)だけ回転させるのである。三角形Aはどんなものでもよいし、始めの位置もどこでもよい。
この移動の途中、三角形Aを原点中心にθラジアン回転した状態での、三角形のx軸への正射影の長さをP(θ)と表すことにする。つまり、P(θ)は次の図の太線の長さのことである。きれいな図じゃない(特に直角記号)のが残念だけど、善意で見てね。(^^)
このP(θ)を、0からπの範囲でθにより積分すると、実は、三角形Aの周の長さになる。
(三角形Aの周の長さ)
この証明を以前、東大オープンの問題として出題したことがある。数学3(当時は「微分・積分」)の積分で証明できるからだ。各辺のx軸への正射影を足して2で割るとP(θ)になることに気づけばよいのだ。
初めは、「南山オープン」(今はありません。合掌)のチーフを頼まれたときに、周期関数の積分を自然に使う問題を作るつもりで、原点を頂点に持つ直角三角形の場合を計算してみたんだな。すると、必ず三角形の周の長さになってしまう。これは、何かあると思ったら、上記の式の証明ができてしまった。もったいない(南山オープンで数学を選択する受験者は少なかったし、傾向に合わない)から、東大オープンの会議に持っていったのだ。計算量は少ないけど、難度は東大向きだもの。
この性質はすぐ一般化できて、凸図形の周の長さは同様に正射影の積分で求められることがわかる。積分だけで曲線の長さが求められると言うことだ。
「図形Aが円なら、直径*πが円周ということだね」とある先生から言われて、納得。
別の先生からは「(凸な)島の周りを船で回って島を眺めれば、島の周囲が測れるという話だな」と言われて、これも納得。数学3では曲線の長さは「速さの積分が道のり」の形で習うから、一旦微分を用いて「速さ」に相当するモノを求めておく必要がある。しかし正射影を使えば、微分なしで積分だけでも、曲線の長さを求めるのができるのだ。(どうやって正射影を求めるかは、また話が別。)
この話をさらに一般化すると、積分幾何の「Croftonの公式」になります。
正射影なんて、元の図形に比べたら貧弱な情報しか持ってないけど、丹念に集めると、凸図形の周を求めるぐらいのことは出来るのです。伊丹氏のprojectionを集めれば、彼に迫るものが得られるはずでしょう。
*************************** 伊丹十三監督自らが代表作の制作過程を綿密に記録した「『お葬式』日記」「『マルサの女』日記」(ともに文芸春秋社)は、映画の現場の様子を再現し、「映画の職人」たちが仕事を楽しみながら完璧にこなしていく姿(あぁ、頭が痛い)をありありと描いています。400ページほどの本(厚い!)を途中で置くことが難しいんですね。
一年だけサラリーマンをやったときに、「『マルサの女』日記」が面白くて、独身寮の2人部屋で一人酒を飲みながら何度も読み直してたんだけど(ここに鬱屈したものが漂ってませんか?)、「『お葬式』日記」の方は手に入らなかったのだ。最近、何気なしに入った古本屋で200円で並んでいるのを見つけて、大喜びしました。
「生きてれば、いいことがあるんだなぁ」 そんな大層なことじゃないですが。(^^)